【あしかコラム】挑戦した際に生じた失敗の考え方と捉え方

こんにちは。編集長のあしかです。

みなさんチャレンジしていますか。はい、進研○ミではありません。

今回から不定期連載で、「あしかコラム」を始めます。

記念すべき第一回の本記事は「挑戦した際に生じた失敗の考え方と捉え方」について、書いてみようと思います。

現代人は挑戦に臆病になっている

もうすぐ平成を駆け抜けようとしている我々現代人は、挑戦に対する土壌に恵まれていない環境に多くの人が身を置いているのではないでしょうか。

言い方を変えると、「失敗を許さない土壌」が前提となっているような気がしてならないのです。

それによって、停滞が生じてゆくゆくは衰退していく。

栄枯盛衰という考え方もありますので、物事の流れに抗うことができない場合もあるかと思います。

無難に物事をこなしていれば、目の前にある問題はその場は解決したように見えるかもしれませんが、いずれ少しづつ問題点が明るみになり、その頃には手のつけようがなくなることもあります。

それならば、もっと挑戦する場を設けて時代に即したやり方や新しい仕組みを作っていくことが大切ではないでしょうか。

失敗に対する考え方や捉え方

新しい物事に挑戦した際に、結果がすべて成功に導かれることはありません。

「やっても良いけど責任が取れるのか」

「勝算はあるのか」

もちろんこれらの考えも大切でしょう。ただ、挑戦しようとする人の背中を押すことに対してはどうしても臆病になりがちではないでしょうか。

失敗した際に、次の一手をどう打つのか。失敗に対してどのように向き合って軌道修正するのか。

リスクヘッジをすることで、挑戦に対する障壁は幾分か下がると思います。

個の時代がもたらすもの

個の時代が取り沙汰されている昨今、自己の実現や主張を発信することが容易になりました。

言わば、このコラムもそうですね。言いたいことを誰の校閲も通さずに世の中に発信することができます。

そのかわり、書いた内容には責任が伴います。

自分の意見や考え方を発信することも、ある種の挑戦です。

多数派と異なる思考や、大義名分から外れたことや今までの慣習や習慣から逸脱した内容を多くの人に伝えようとするなら、バッシングや俗に言う炎上する可能性もあるということを念頭に入れて、覚悟を持っておかねばならないでしょう。

勝つことや成功だけがすべてじゃない

勝たなければ意味がない。成功以外は全て無駄なこと。果たして本当にそうでしょうか。

もちろん、勝負をするからには勝った方が良いでしょう。成功するに越したことはないでしょう。

ただ、数多くの失敗を経て勝利や成功に結びついていることは、これまでの歴史で先人たちが実践してくれています。

勝つためのプロセスが負け続けていたり、失敗続きだとしてもそれを信じて突き通すことができるのか。

それを支えてくれる理解者や仲間が存在しているのか。

成功につながるカギは、そこにあるように最近は思います。

まとめ

失敗したということは、言い換えると挑戦した。ということです。

失敗を責めるよりも、挑戦したことを称えることのできるような存在になりたい。

そのようなことを最近考えるようになったので、コラムに書いてみました。

失敗したら軌道修正をして、また新しく挑戦を始めたらいい。

挑戦を伴った失敗を許すことができるコミュニティ形成を、自身の挑戦としたいと感じています。

この記事を書いた人

大城あしか

TriggerWORKS:メディア編集長
人と人をつなぐ空間運営に携わるパラレルワーカー